Scientific Englic開発メモ

Scientific Englic (Scientific English-like language)の開発についてのメモです。細かいことに拘らずに気楽に書いていきます。

これは、日本語の「はい」「いいえ」と英語の「yes」「no」の違いにより、問題が生じやすいからということですが、もう少し踏み込んで解釈すると、これは省略表現の問題であると考えられます。

有名なジョークにこういうものがあります。「諾否疑問文は必ずyes/noで答えられるはずだ」と主張する男性に対して、「それではyes/noでお答えください」と質問が投げかけられます。「あなたは毎晩、奥さんを殴るのをもうやめましたか?」と。

諾否疑問文は定型文で答えられることを想定した表現であり、定型文だからこそ、yes/noという省略表現が可能になるわけです。上の例のように、前提となる事実認識が違っている等、定型文で答えられない場合にはyes/noを使うことはできません。

定型文でそのまま答えれば誤解や勘違いは生じないわけですが、省略表現を用いる場合には、省略方法の自由度が存在するために、誤解や勘違いが生まれる余地が出てきます。

しかし、だからと言って、省略表現を全面的に禁止してしまうと無駄に冗長になり、冗長さは別の誤解を発生させる可能性を生んでしまうことにもなります。

Scientific Englicでは、省略表現は原文と表示の2層構造で対応しようと思っています。原文では省略表現を禁止して全てをそのまま入力します。それを相手が受け取る際には、相手の選択した程度の省略表現で機械的に処理をされて表示されます。省略表現が機械的に処理されること、相手に表示方法の選択権があること、情報が失われずに原文までのトレースができることの3点が、ここでのポイントになります。

機械的処理のアルゴリズムについては、技術の問題ですので、言語側で仕様を制限しない方がよいと思われます。伝統的なやり方から、概要形式のまとめの自動作成まで様々な可能性がありえます。

原文を入力するのが大変になるのではないかという心配をされる方もいるかもしれませんが、これはプログラムのコードを書く時と同じ話で、エディタや入力装置の補完技術で十分に対応することができます。

電子端末はそれでいいとして、紙媒体はどうなるのかという疑問もあるかと思いますが、それは編集者が省略表現を決めて、機械的に処理して印刷すればいいだけの話です。この部分は今までのやり方とさほど変わりません。そもそも記法の統一は、本来は執筆者の仕事ではなく、編集者の仕事なのです。

原文と表示を分けて考えることができるようになれば、省略表現の問題は自動的に解決されます。また、執筆時に余計な気を使うことも減りますので、論理性と正確性のみに傾注することができるようになります。

これは発音や聞き取りの問題ですが、近い将来には機械翻訳が完備されるでしょうから、本質的な問題にはならないでしょう。

ただ、そもそも発音や聞き取りの問題をどう捉えるのかというのは様々な見方があろうかと思います。

一つには、各人の能力や技能の不足の問題であるという捉え方があります。この場合には、いかにして各人の能力を向上させるかというのがテーマになってくるわけですが、今のところは常識的な学習時間内において非ネイティブの成人にネイティブレベルの能力を身につけさせることはできません。将来的には分かりませんが、現状においては、この問題認識は適切なものとは言えないでしょう。

もう一つの考え方としては、通常的に身に着けることが困難な技能であるということを認めた上で、人間の身体的な限界として受け入れようという捉え方もできます。この場合には、目が悪かったり、耳が悪かったり、病弱だったりというような他の身体的な問題と同様に取り扱おうということになります。この場合には現実的な対処が可能ですが、可能というだけで現実の制度はそのようにはなっていません。この捉え方においては、主要な問題は社会制度の不備にあり、Englic等の言語側で処理しようとするのは筋が違うということになります。

また、別の考え方として、発音は各国/各人の個性だと考えようという捉え方があります。この場合には聞き取り側に大きな負担が生じてしまうわけですが、その負担はみんなで分かち合おうということになります。Englicはこの立場であり、早口禁止というのも、この考え方に基づいています。

Scientific Englicでは発音の問題は取り扱わないことにしたいと考えています。文章が正確に伝わりさえすれば、手段は何でもかまわないという立場です。正確な伝達には送り手と受け取り手の双方の努力が不可欠になりますので、相手が聞き取れないような早口は自然と選択肢から除外されることになります。

さらに、本書ではもう一つ重要な事実が示されています。

それは、人々は自分がどうしても知りたい情報であるのならば、聞き取りの労力を惜しまないということです。つまり、聞き取りづらい発音は聞き手に負荷をかけるわけですが、その負荷がそのまま問題になるのではなく、聞き手にとっての内容の重要性との比較によって、聞いてもらえるかどうかが決まるというわけです。

このことは発音のみならず、文章においても同様です。人は自らが知りたいという情報の取得には労力を惜しみませんが、そうでない情報は金を払ってでも拒否することがあります。人は自らが知りたいことしか知ろうとはしないものです。

また、読解力についても同様であり、自らの興味がある情報には高い読解力を示す一方で、興味のない情報だととんでもない読み間違いを平気ですることがあります(多くの研究者は査読で経験があると思います)。さらに悪意がある場合には、曲解としか言いようがないような解釈をすることまでありえます。

この人間の傾向は原理的には訓練によって克服可能なものであると思われますが、現実的に克服している人はほとんどいません。発音の問題と同様に、人間の身体的な性質上、実際には無理なことだと考えておいた方がよいでしょう。

この問題は言語側で何とかなるという話ではありません。

Scientific Englicでは、情報を知りたいという人に正確に情報が伝達されることを一つの目的にしています。知りたくないという人に情報を伝えることまでは考えておりません。それは人間の性質上、非常に困難なことだからです。

昔、Basic Englishというものがありました。単語の数を制限して代わりに組み合わせで補うという方針によって非ネイティブ用の新しい英語を作ろうとする試みです。学問的にはそれなりに成功した手法であったと思われますが、広く世に広まることはありませんでした。

語数制限の手法は、Basic Englishに限らず、語学学習でよく用いられています。学校教育においても語数制限は行われています。

鈴木氏の主張は、これに真っ向から反するものであり、ネイティブにとっては易しい「子どもの英語」こそが、逆に非ネイティブにとっては難しいものであるとしています。それ故に、Englicではそういう表現は禁止しようということになっています。

この鈴木氏の主張は、自らの経験に照らして考えてみると、正しいと思われます。また、機械が発達した現代においては、記憶部分は機械が補ってくれますので、語数を制限することにもはや意味はなくなっています。

似たような事例には、例えば、漢字の問題があります。この問題については、中国文学者の高島俊男氏などが論じており、一般的に「易しい」とされているものは本当に易しいものであるのか、また、常用漢字などの導入は本当に正しいことであったのかというのは大いに議論の余地があるものです。

また、かつては、日本語の表記法は機械化の流れの邪魔になっているものであるから、漢字もカナも全てやめて、ローマ字の分かち書きで表記するべきであるという主張がありました。現在、機械化の時代は実現したわけですが、ローマ字の分かち書きで書いている人は誰もいません。

技術は日々進歩するものですので、人間がその時の技術に合わせるべきという近視眼的な考え方は根本的に間違っています。「ローマ字の分かち書き」は、その一例になるでしょう。また、「常用漢字」についても、活字の問題が解決した現在の視点から見ると、百害あって一利なしという結果になっているというのは、もはや多くの人が認めるところなのではないでしょうか。

さて、Scientific Englicにおいては、多義的な言葉を非推奨とすることで、この問題に対処したいと考えています。

言葉はなるべく限定的なものを用いた方が意味が明確に伝わります。論文等で易しく書けることをわざと難しく書いているというような批判があることがありますが、その時の「易しい」というのは本当に易しいのでしょうか、単に日常用語に近いというだけではないのでしょうか。あることを表現するのに、意味が限定された「難しい」言葉と広い意味で解釈可能な「易しい」言葉がある時には、迷わずに意味が限定された「難しい」言葉を使うべきです。それが正確な伝達につながります。

さらに根源的な話として、自然科学では言葉を増やすことが大切だということがあります。自然の法則自体は出来るだけシンプルに記述できることが望ましいわけですが、実際にそれを人間が応用して自然を解釈しようとする際には、人間に合わせて多様で正確な言葉が必要になってきます。「ある現象に対して、その解釈の数の多さが、その現象に対する人間の理解の深さを示している」というのは物理学者ファインマンの見解(意訳)ですが、多様な「解釈」を記述するには、それに応じた言葉が必要になってきます。

Scientific Englicは語数制限に反する立場を取ります。むしろ、いかにして自然言語から離れて無理なく言葉を増やしていくのかという方向性で考えていきたいと思っています。

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